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浅田真央選手 現役引退

 どの曲を滑ってもその曲を的確に全身で表現できる演技スタイル。それでいて、トリプルアクセルに拘る勝負師としての姿。その頑固な、頑なな背中。誰かの特別、になりやすい選手だといつも思っていた。

 一方で、浅田選手があたしの特別だったことはほとんどなかった。それでいて常に誰かの特別で在り続けた選手なので、あたしは彼女の引退にあまり語る言葉を持たない持てない。気がした。

 だけど筆をとる。とるしかない。書きたい。

 そういう、選手だった。笑

 

 あたしにとっての浅田真央選手は、あたしが他の誰かに夢中になっていたときに常に隣で走り続けていた存在だった。

 あたしは金妍児の演技スタイルと戦い方と3Lzが恐ろしいくらい好きで、それと真反対をいく、且つ所謂ライバルであった彼女の存在は思うところもいろいろあった。そして、しのぎを削る二人の後ろで苦しみ続けていた、キミー・マイズナーが好きすぎて、ほんとうに、死ぬほど好きだったから、二人を見るのも苦しかったときもあった。あったよ。

 だからこそやはりバンクーバーは忘れられない。

 キミーの出場が絶たれて。友加里さんが負けて。膝を折りそうになりながらも見た試合。張り詰めたショートプログラム。はっきりと勝敗が決まったフリースケーティング

 浅田真央、という選手を思い出すとき、あたしにとってはバンクーバーまでの4年間が、あまりにも色濃すぎる。

 でも普通の人からしたら彼女といえばソチ五輪かもしれない。眠い目をこすってフリーの生放送を見届けたのは記憶に新しい。浅田選手はショートプログラムの時点で16位で、最終グループのその一つ前のグループにさえ残れず、製氷前に起きないといけなかった。でもあのフリーには眠気全部吹っ飛ばされた。彼女の実力があればショートも完璧に滑れたという未来もあったと思うから、「あのショートがあったからあのフリーがあった」なんてことを思ったことはない。だけど蓋を開けてみると、ほんとうに彼女らしい五輪だった。

 

 さっきも書いたけど、浅田選手があたしのとくべつ、になったことはなかった。だからこそ隣で、苦しみながらもがきながら彼女がずっとずっと走り続けていたのを知ってる。

 そしてこれを書きながら、あたしは彼女が作った時代を情熱を持って見ることができていたのだな、と思った。

 よかったです。

 とにかく、おつかれさまでした。でも、これが終わりじゃない。きっとまだまだ、新しい光が待ってる。いろんな選手を見届けてきたあたしが言うんだから、間違いない。笑

 

 ちなみに、一番すきなプログラムはソチオリンピックプレシーズンの「白鳥の湖」です。