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文章、が好きです

 あたしは、文章が好きなんだ。

 と、いうのに気づいたのは実は最近です。最近というより、昨日。シャワー浴びてたときにふと、あたしは文章が好きなんだ。って閃きました。

 

 文章に関しては、味わうのも、生み出すのも大好きです。

 味わう、に関して。御存知の通り、読書が趣味です。読書は離れる期間もあるけれど、一旦離れてもだいたい戻ってきちゃいます。やっぱりこれがないとダメだって。

 本を読んでたら、電話の音やまわりの声、電車の稼働音や、そういうものがぜんぶ遮断される、周囲と断絶されて一人になれたように錯覚するような瞬間がある。それは物語と一体化している証で、自分の感性と目の前のストーリーがリンクしてる瞬間だと思う。文章を目で追って、意味を咀嚼して物語として頭のなかで構築していくのは、映像で頭に入れるよりも時間がかかる作業なのだろうけれど、こういう瞬間が必ず生まれるから、あたしはいいなって思います。

 

 一方で、書くことも好きです。特に最近はこれを買って、益々書きたいなって思うことが増えました。

  買っちゃった♡ 高かったんですけど、ボーナス入る月のクレジットカード払いにすることでなんとか。おかげで創作欲は留まることを知らず、最近はゲームのイベントも重なっているので絶賛、寝不足気味。

 思えばこれまで、文章を書くという行為を苦痛に思ったことがないです。これ、普通なんだと思ってたんだけど、そうでもないっていうのを最近知ってびっくりした。例えば職場で報告書を一日中書いてから、帰宅してキーボードに向かうことが全く苦痛と感じない。こうやってブログを書くのも、もちろん好き。職場で一日キーボードと向き合ってても、余裕で書ける。最近はなかなか更新できてないけど。

 

 そういえば、小学校のときに、自分のなりたい職業になりきって、ブースを作って、授業参観で発表する、という行事?のようなものがあったんですけど。あたしは当時、小説家か、作家か、漫画家か、それに類するものになりたいって思っていたらしく、本を1冊作ってみんなの前で発表したんですよね。小学校の時の記憶ってだいぶもう薄れているのに、それはなんだかリアルに思い出せる。どんな話を書いたかはもう、忘れちゃいましたけど。

 シャワーを浴びながら、その頃から物語を生み出すことが好きだったんだなと思って懐かしくなりました。そういえば思い返すと、小説を書くことはやめたことがなかった。

 あたしの文章が他者にどう伝わるかなんてわからない。今はTwitterというツールもあるから、そちらでお手軽に声を、想いを伝えることも増えて、まとまった文章を書くことはもしかしたら自分の中でも減っているのかもしれない。

 でも、やっぱりあたしから文章と物語は切り離せない。だから、書き続けていたいな。

 死ぬまで。

 と、そう思いました。

 明日も、何かしらをこの世の中に、生み出せたらいいな。