「愛の存在証明、あるいは、不在証明」について

 スケートのことは、またいろいろ落ち着いたら書くとして。(主にリプニツカヤやらユナ子やら、大好きな選手のことばっかりで、暑苦しくなると思うけど笑)

 女子フリーが行われた日は、なんとまあいろいろ思う話を多く聞いた日だった。

 まずはなんといっても五輪の女子フリー。恋してると言ってもいいくらい大好きな選手のことばかり考えて、ただ彼女だけを信じた4分間。終わった後脱力しすぎて、そのあとは半分寝てたし、記憶は正直消えてる。笑 そして、4年前あたしに歓喜と後悔を残し、さっき言及した選手とはまた違う「大好き」を送っている選手の、これで終わってしまうラスト・タンゴを見送った4分間。

 そして、夢のような現実が終わった朝。謝りながら、知人にLINEを送る。LINEは既読機能があるから好き。変な人ですよね、わかってる。笑 でも、あれがあるおかげで返事しなきゃ、っていう気になるんです。メールだとあとでいいやーという気分になってしまって、結局返事しなくて怒られちゃう。自分の返事無精はかなりの重度で何回もいろんな人に怒られてる。……LINEでも既読無視で怒られたりするから、意味ないのかもしれないけど。

 そんなことはどうでもよくて。笑 知り合いの純粋すぎる片思いの話を聞いていたんです、朝から。もちろんその人の身に起きた事は詳しくは書かないけど、思うところはたくさんあった話だった。騙す、騙される?もちろん傷つけられた側には寄り添ってあげたいし、ゆっくりでいいから立ち直って欲しいとは心から思った。だけど、傷つけた側を、あたしは凄く責められない気がして。保身とかを考えると、素直になるってやっぱり難しすぎること。やったことはもちろんいけないことなんだけど。

 それから、お昼頃には同期の話を聞く。酔いつぶれた彼女の為に、タクシーを走らせ駆けつける事を厭わなかったという同期。タクシー代は4桁だと、まあ。「ほんとに行ったの?」ってあたしが聞いたとき、彼は「いや、そりゃ行くやろ」と自分のしたことになんの疑いも持ってなかった。呼び出す彼女も彼女だし、行く彼氏も彼氏だし。とちょっとあきれつつ、それでも行かせる力がその娘にはあったのだな、と考える。

 そして夕方頃、さっきとは違う同期の「付き合ってから毎日彼女と電話してる」というのろけを右から左に聞き流す。リア充ってこういうやつのこと言うのかなと涼しい顔で考えながら、あたしは淡々とタスクをこなす。毎日とか話すことあんのかよー、ありえねーだろー、と冷やかしながら、ちょっと羨ましそうな周り。君たちおもしろいね。笑

 

 ぐっちゃぐちゃで、理解ができなくなっている。

 愛、と名がつけられる物について。

 彼らの想いは変に真っ直ぐすぎて、すぐそばに居る想い人の為なら本当に何でもやりかねないとまで思えた。もしあたしがそういう立場に置かれたとして、あたしの中にその情熱があるのかないのかと言われたら多分なくて、逆にあたしがそれをされる立場になったとしたら、そんなことされると怖くなると思うし、だからそんな要求はしたくない。

 でも、じゃあ、あたしが同じ日の夜に、ユナ子やリプニツカヤに捧げたのはなんだったのか、と言われると。あれはあたしの本気だった。本気で好きって思って、本気で信じた。

 自分はユナ子やらリプニツカヤに何を捧げてて、彼らは彼女さんや想い人に何を捧げてるのか。その感情と行動は同じ愛と名がつけられるものであっても、勿論そこには種類として決定的に何か違うものがある。それはきちんと頭では理解できているのに、でもなぜか最後のところで理解が出来なくなって。

 そして今に至る。

 

 教会の扉を二人で開ける事ができれば、男同士でも女同士でも不倫でも近親相姦だって、その愛が許される。その教会の扉の秘密を明かした男の、最後にたどり着いた真実。それはやはり、愛がある二人であれば扉は開くということ。

でもそれは、右のノブを握った者と、左のノブを握った者との間の愛ではなくともかまわない。ただ、想いの強さだけがあればいいのだ。

「すべての愛がゆるされる島」杉井光

 誰かとこの教会に行く事があるのなら、あたしは信じて扉を押せるのだろうか?

 遠くの人に想いを馳せすぎて、近くに居る誰かに入れ込み、寄りかかるのが怖い。

 でもそれって、あたしはこれから歩いていけるの?