世界水泳2013—「必然」の証明失敗

 毎日の世界水泳を、私は楽しみに待っていました。今日はどんな種目が決勝で、誰が出てきて、どういうレースをするのかと。そして誰が笑顔で帰ってきてくれるのかと。それは日本人に限った事じゃなく、外国人であっても素晴らしいレースをしてくれるのは大歓迎というスタンスでいるつもり。その例として、今大会では日本人なんてかすりもしなかった1500フリー女子なんかは燃えまくりました。

 でも。

 珍しく結果を何も知らずに見る事が出来た、昨夜の世界水泳の結果。200バック、入江と萩野が負けたのはただの序章に過ぎなかったなんてこのときは思いもせず。200ブレ女子では金藤があと一歩のところで負け、ロンドン五輪でメダルを取った鈴木は決勝に立つ事すらかなわなかった。200ブレ男子ではロンドン五輪でメダルを取った立石も世界記録保持者の山口も負けました。最後に待ち受けていたのは4×200フリーリレーでの敗北。ずっと競っていたフランスにも勝てなかったし、第3泳者までは影も形も無かった中国の孫揚に全てをひっくり返された。

 何が悪いんだよと泣きながらテレビに向かって叫びました。実力が伴っていない選手たちじゃない。あんなにも、彼らは懸命に前に進んでいたというのに。

 でも、わかってる。弱いのは。水泳なんて、フライングやドーピングさえなければ見たまんまの競技ですから、ケチなんてひとつもできないわけです。そのとき、そのレースで最高の泳ぎをした者だけが勝てる。そのとき、そのひとかきに、その泳ぎに込められた力がただ足りなかっただけ。ロンドンに届かなかった古賀さんの0.05秒だって、言ってしまえばそのときにそれを出せなかったというただそれだけなのです。

 例えば今回入江は悪く無い泳ぎだったと言った、だけど届かなかったと嘆いた。それは弱いから。わかってる。

 でも、そう片付けるにはあまりにも残酷すぎる。

 日本だから、日本人だから、そういう定義は私は好みません。フィギュアスケートでも、日本人だからどうだというスタンスは私はいっさい取りません。それは水泳でも同じで、だからこそフリーリレーが終わったとき、せめて、孫揚がいなくなればよかったのにと思った自分に驚きました。そう思わせてくれるくらいに、あのとき、一年前のロンドンでの競泳の選手たちが「チームとして」素敵すぎたのだと。

 あのときのメダルラッシュが奇跡だったと、私は誰にも言わせたくない。ただ、それに尽きる。あれは奇跡なんかじゃなくて、必然だったと叫びたい。だってあんなにも素晴らしかった日本の競泳チームが、結果がついてこないはずがなかった。私はそれを知ってる。熱心に見てきたからこそわかる。だからあのときの結果はまぐれだったと私は誰にも口にしてほしくない。

 でも、その言葉を否定してくれるような結果が、ないとは言わないけれど、満足するような結果はついてきていない。

 ただ単純に、悔しいです。でもここで投げたりはしません。競泳はあさってまで続きます。何が起きるか分からない。それは悪い意味で、先ほどまで見ていたレースで学んだ。だからこそ、何が起きるか分からないのです。私は選手一人一人を信じてる。笑顔で帰ってきてほしいって思ってる。

 つらい、きつい。でも、それでも、明日も、楽しみです。